すぷすた

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固さと柔らかさ

この世界には固いものと、柔らかいものがある。無機質と有機質、難しいものと親しみやすいもの、重いと軽い、とも言える。

固い性質の構造は、壊れやすくもろい。変化に対応できない。遅くてリズム感がなく、つまらない。重く、難しく、複雑で、とっつきにくい。

柔らかい性質の構造は、新しく、軽く、リズミカルで、親しみやすく、取っつきやすく、スピード感があり、変化がある。

決まりや規則、型を作るのは構造を維持する上である程度は必要ではあるが、それが行き過ぎると全体が固まってしまい機能不全を起こす。

例えば、計画を立てる時、細かく作り込みガチガチにスケジューリングし過ぎるとうまく機能しない。

文章も、何度もなんども作り直して校正して、ということを繰り返していると、リズム感が失われ、固くて読めない文章になってしまう。もっとひどいと、固くて重くて、書きたくなくなってしまい、最後まで書けないなんてことにもなってしまう。論文や法律文書、エクセルに細かくずらっとまとめられた文章などは実に読む気にならないが、Twitterやおもしろいブログなんかはいくらでも読める。

合成の誤謬」もそうだが、一つ一つを最適化しても、全体として見た時に必ずしも最適な構造にはならない。

イメージとしては、隅々まで骨を張り巡らしすぎた結果、動かなくなってしまう感じだ。

子どもの躾、教育が度を過ぎると子どもを抑圧することになり、物事を楽しめない性格、固い性格になってしまう。喋り方は固いし、ノリが良くないし、ともするとコミュニケーション障害にさえなる。もっとひどいと、偏った考えを持ってえらいことを起こしてしまうことにもなりかねない。

組織において、規則や規制を設け過ぎると、動きが悪くなり、機能不全を起こす。柔軟性のない企業では、社員が歯車的になってしまう。規則ばかりで、決められた仕事をするだけになる。歯車は脆くて割とすぐだめになる。企業を構成する社員は、細胞的でなければならない。周りとコミュニケーションが取れること、柔軟に動いて働けること。フレックスタイム制、リモーワーク制度、成果報酬制、フリーアドレス制、といった、社員の動きに余計な縛りを与えない制度が必要だ。

プライドというのも、固いものの一つだ。プライドが高いと、他を受け入れなくなる。プライドは脆くて壊れやすい。壊れないように気を使う。いっぽう変にプライドが無ければ、たとえば人からディスられた時に、一旦受け入れて、冗談で返したりする機転がきく。プライドが高い人に、プライドを傷つけるような真似をすると、プライドが高い人は本当にプライドが崩れるのを恐れているので、冗談で済まなくなる。

文章だけでなく、文体もそうだ。いろいろ固くなったり柔らかくなったりする要因はあるが、たとえば口語体で書いた文章は柔らかくて受け入れられやすい。この文章のような「である」とか、ですます調の文体は固い。漢字が多いと固い。

固いことは必ずしも悪いわけでもなく、たとえば固い文章は、読みにくいことが多いが、しっかりした印象をあたえる。大まかなフレームだったり骨子というものが必要なように、構造を保つために必要でもある。また、ブランドのように威厳や権威、格調高さ、正統感、重厚感という、固さがもつプラスの性質もある。

逆に柔らかさというのは、そもそもふわふわしすぎて形にならなかったり、軽すぎて信用性がない、骨がなくギアが入らない、という側面もある。

理想は「柔軟性と勢いのある巨体」だ。擬音語であらわすと「ぐおっ」という動きをする構造体であることだ。柔軟性を保ちながら、重さを増やしていく。落ち着いて、止まったら構造体は硬直して死ぬ。

構造体には、リズムや振動、ゆらぎが大事だ。なぜなら、リズムのある構造体は動きと柔軟性を持ちつつ、規則性をも持つからである。

構造体を作らんとするのであれば、骨子をもとに肉づけをしていき、理想の形をイメージしつつ、固まらないように動き続け変化し続け刺激を与え続け、肉づけをし続ければいい。

 

とりとめのない文章となったが、内容が固いので、それくらいの適当さがあるくらいが丁度いいむしろこれだけ長いと章立てしたら読者は嫌になるしこちらも書きたくないし、ごちゃ混ぜのめちゃくちゃのほうが刺激があってよろしいということでまた次回。